2025-09-01から1ヶ月間の記事一覧
所詮、念仏を無間地獄という義に二つあります。 第一には、念仏者を無間地獄というのです。これは、日本国の一切の念仏宗の元祖・法然上人の著した『選択集』に、浄土三部経以外の一切の経典――たとえば法華経・大日経・大般若経など大乗小乗、あらゆる経典を…
弘安5年(ʼ82)1月7日 61歳 四条金吾 満月のようなお餅二十個、甘露のようなお酒ひと樽を、たしかに頂戴いたしました。 春の初めのよろこびは、満ちていく月のように、潮が差してくるように、草が一面に萌え広がるように、雨が降り注ぐように、幸せなことだ…
弘安3年(ʼ80)12月16日 59歳 四条金吾 白い小袖一枚と綿十両を、たしかに頂戴いたしました。 年も暮れに近づき、場所は山の中。風はげしく吹きすさび、庵室は籠の目のように隙間だらけ。敷物といえば草の葉、着る物といえば紙衣、身の冷えきることは石のよ…
弘安3年(ʼ80)10月8日 59歳 四条金吾 殿岡から米をお送りくださいました。今年七月の盂蘭盆の供養として、僧の食事にあてました。自恣会に集まった僧たちも、霊鷲山での聴衆も、仏陀も神々も、お受け取りになり、随喜してくださることでしょう。あなたの尽…
今朝読み終わったところなので、少し感想というか、心に残ったところを書き留めておこうと思います。 昨日も聖教新聞に韓国外国語大学の朴庭運総長のインタビュー記事が掲載されていて、感動したのですが、最近特に韓国関係の聖教の記事が多いですね。 私が…
短めの御書ですが、有名な別名「法華経兵法の事」という御書になります。 「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちい給うべし。」 「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言むなしかるべからず。 「ふかく信心をとり給え。あえて臆病にては叶うべからず候。」 「夫れ、運…
日蓮大聖人御書講義第31巻から、時々現代語訳と講義の一部を載せていきます。 文永8年(ʼ71)5月16日 50歳 波木井実長 「眠っている獅子に手を出さなければ獅子は怒らない。流れに棹(さお)を差さなければ波は立たない。同様に謗法を非難しなければ、難を受…
以前にも聖人御難事をブログに書きましたが、一部しか現代語訳してなかったので、 今回は全部現代語訳しました。 〈現代語訳〉 弘安2年(ʼ79)10月1日 58歳 門下一同 建長五年(1253年)四月二十八日、干支で癸丑(みずのとうし)の年に、私は安房国長狭郡の…
弘安2年(ʼ79)2月2日 58歳 日眼女 御守り(御本尊)を書いて差し上げます。三界の主(あるじ)である教主釈尊の三寸の木像を造立された檀那である日眼女(にちげんにょ)が、前に二貫、今回さらに一貫の御供養をしてくださいました。 法華経の寿量品には「あ…
弘安元年(ʼ78)閏10月22日 57歳 四条金吾 今月二十二日に、信濃から贈られた品々の目録。銭三貫文、白米の米俵一つ、餅五十枚、大筒の酒一つと小筒の酒一つ、串柿五把、ざくろ十個。 さて、王は民の支えによって生き、民は王の庇護によって生きます。衣は寒…
四条金吾が主君から領地替えという過酷な処置にあい、同僚にもねたまれていた迫害の嵐のなかから、建治4年1月ごろには主君の出仕のお供にも加わることができ、さらにこのお手紙の書かれた10月には、所領をたまわるという功徳を受け、大聖人がそれに対して喜…
まだ読んでなかった第31巻の講義録、これから読もうと思って開くと、 池田先生の序が載っていたので、ここに書いておこうと思います。 序 御書講義録の発刊が、着実に進行しつつあることを、心から喜びたい。本書、第三十一巻は、四冊目であると聞く。全部で…
弘安2年(ʼ79)9月15日 58歳 四条金吾 銭一貫文をいただき、頼基からの御供養であると、法華経の御宝前に申し上げました。きっと、遠くは教主釈尊や多宝仏・十方の諸仏、近くは日天月天の宮殿におられる神々までも、御覧くださっていることでしょう。 そもそ…
別名を「二病抄」といいます。 病気には身の病と心の病があって、心の病を治すためには正法を信ずる以外に治す方法がないと教えられ、当時はやっていた疫病は「この法華に非ずんば除きがたし」と言われています。 また、半年間にわたった大聖人の下痢の症状…
弘安2年(ʼ79)4月23日 58歳 四条金吾 まず、追加された所です。 〈何よりも人には不孝が恐ろしいことです。殿(金吾)の兄弟たちは、自分から法華経に敵対して殿のもとを離れていったので、彼らこそ不孝の者であって、殿には、何の罪もありません。 女たち…
別名を「九思一言事」といいます。 5年前(2020年9月12日)にもこの御書を取り上げてブログに書いていました。 今日読んでみると、当時5歳若かった私は、結構面白いブログを書いておりました。(笑) 今日は「満月の会」全員集合(4人)で、この御書についても…
別名を「三種財宝御書」と言います。今まで地区講義などで学んできた有名な御文がたくさんある御書です。短気な四条金吾に対して、崇峻天皇のエピソードを通して、人間として忍耐強く振舞わなければ身を滅ぼすと諭されています。 建治3年(ʼ77)9月11日 56歳…
建治3年(ʼ77) 56歳 四条金吾 法華経の教えを「本門」と「迹門」に分けて論ずると、迹門は、まだ「始めて悟りを開いた(始成正覚)」という教えを説いているため、迷いや困難(留難)が残っている。 それに対して、本門は、そうした迷いや困難をすでに取り…
今日拝読した世雄御書の講義から大事と思うところをまとめて書いておきます。 王法が賞罰を本(もと)とするということは、真に功ある人が賞せられ、真に罪ある人が罰せられることによって、それが社会における秩序と、人々の行動の規範やお手本とされるとい…
2020年にも一部書いていたのですが、今年4月にも全部現代語訳の対訳つきで載せ、更に今回は三回目、「満月の会」(御書の勉強会)で拝読したので、現代語訳だけUPしておきます。 1時間では全部できなくて二日掛けて学びました。講義を読ませてもらうとよくわ…
建治3年(ʼ77)7月 大聖人が56歳のとき、四条金吾に与えられたお手紙で、別名を「不可惜所領の事」といいます。 今回ブログに載せるのは二回目です。前は全部の現代語訳は載せられなかったので、今回もAIの訳と講義の通解を比べながら、私なりに現代語訳して…