御書大好き!!

御書を拝読して感動したことなどを書きます。

所領書 四条金吾殿御返事 1183頁 57歳御作

四条金吾が主君から旧領の三倍もの新しい領地を賜ったと報告したことに対する御返事です。

御書:

御所領・上より給わらせ給いて候なる事まこととも覚へず候・夢かとあまりに不思議に覚へ候、御返事なんどもいかやうに申すべしとも覚へず候、

通解:御所領を 主君からいただいたとのお知らせ、まことと思えないほどである。夢かと本当に不思議に思い、返事もどのように申し上げようかと思ったほどである。

 

しかし新しい所領が佐渡というへんぴな所であったために、金吾が不満をもっていたことを「どんなに悪い所でも悪いということを人に言ってはならない」と戒(いまし)められ、「良い所、良い所と言っていれば、また重ねてたまわることもあろう。それを悪い所だ、徳分がないなどと言えば天にも人にも見捨てられてしまうであろう。深く心得るべきである」と教えられています。

そして、「あらゆる人に見放されながら今日があるのは、竜の口の法難の時に、四条金吾が馬の口に取り付いて鎌倉(かまくら)から相模(さがみ)の依智(えち)(現在の神奈川県厚木市)までお供(とも)をして一閻浮提第一の法華経の味方をしたため、梵天・帝釈が見捨てられなかったためである。さらに信心を強くして成仏しなさい(御所:いよいよ道心堅固にして今度・仏になり給へ)」と励まされています。

このように所領のことについて言えば、現世の欲だと思われるかもしれないが、凡夫であるからにはそれが当然であるし、欲を離れることなく仏になる道があるのである。

普賢経に法華経の肝心を説きて候「煩悩を断ぜず五欲を離れず」等云云、天台大師の摩訶止観に云く「煩悩即菩提・生死即涅槃」等云云、竜樹菩薩の大論に法華経の一代にすぐれて・いみじきやうを釈して云く「譬えば大薬師の能く毒を変じて薬と為すが如し」等云云、「小薬師は薬を以て病を治す大医は大毒をもつて大重病を治す」等云云。 

 このお手紙の最後のところです。通解しなくてもわかると思われるので、講義で大事だと思ったことを書きます。

「煩悩即菩提」について

人間の欲望であり悩みである煩悩の問題は人間自身の持つ難問であり課題である。

仏教の発祥は生老病死という人生の苦を見つめるところからきていると言われるが、煩悩がなぜ起こりどうすれば克服できるかという問題である。釈迦は小乗教で煩悩を断じ尽した境涯を悟りとし250戒、500戒などの戒律をもうけた。しかし、煩悩を滅しつくして生を営むことなどできるものではない。言いかえれば煩悩があればこそ人類は存続し続けることができるし、成長も発展もある。大事なことは煩悩の是非を考えることではなくて、いかに方向づけるかである。人間を幸福にする煩悩はOKなのです。人を幸せにしたいという煩悩もあってその煩悩は即菩提なのです。「欲をはなれずして仏になり候」というのはこのことなのです。