御書大好き!!

御書を拝読して感動したことなどを書きます。

本尊供養御書 1536頁 (新版御書1862頁)55歳御作

南条平七郎に与えられたお手紙です。

平七郎は上野郷の南条時光の一族と思われ、成出郷で給田を持っていた武士でしたが、詳しいことはわかりません。御本尊への御供養をしたことに対して、法華経の功徳を「須弥山に近づく鳥は金色となるなり、阿伽陀薬は毒を薬となす、法華経の不思議もまた、これと同じである。凡夫を仏に成し給う」と述べ、その受持の功徳が広大であることを教えられています。

 

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本尊供養御書

 建治2年(ʼ76)12月 55歳 南条平七郎

 法華経御本尊御供養の御僧膳料の米一駄・蹲鴟一駄、送っていただきました。

法華経の文字は六万九千三百八十四字、一々の文字は我らが目には黒き文字と見えるけれども、仏の御眼には一々に皆御仏なり。譬えば、金粟王と申せし国王は砂を金となし、釈摩男と申せし人は石を宝珠に変えられた。玉泉に入った木は瑠璃と成る。大海に入る水は皆塩辛い。須弥山に近づく鳥は金色となる。阿伽陀薬は毒を薬となす。法華経の不思議もまたかくのごとし。凡夫を成仏させる。蕪(かぶら)は鶉(うずら)となり、山の芋はうなぎとなる。世間の不思議、もってかくのごとし。いかにいわんや法華経の御力はなおさらである。
 犀(さい)の角(つの)を身につけていると、大海に入っても、水が、身から五尺離れる。栴檀という香を身にぬれば、大火に入るに焼けることがない。法華経を持つならば、八寒地獄の水にもぬれず、八熱地獄の大火にも焼けず。法華経の第七に云わく「火も焼くこと能わず、水も漂わすこと能わず」等云々。書きたい事が多くあるけれども、年の瀬もせまり、御使いの者も急いでおられるので、筆を留めておきましょう。
  建治二年丙子十二月 日    日蓮 花押
 南条平七郎殿御返事