御書大好き!!

御書を拝読して感動したことなどを書きます。

御義口伝 普賢品 第三 第四 全780頁 新1085頁

第三 「八万四千天女(八万四千の天女)」の事

 

普賢品第二十八に法華経をただ書写しただけでもこれほどの功徳があると、次のように説かれている。「もしただ書写せんは、この人命終してまさに忉利天上に生ずべし。この時に八万四千の天女、衆(もろもろ)の伎楽を作(な)して、来たってこれを迎えん。その人、即ち七宝の冠(かんむり)を着て、采女(さいにょ)の中において娯楽快楽せん」と。この八万四千の天女、また七宝の冠ということについての御義口伝です。

 

  御義口伝に云わく、八万四千の塵労門である。(すなわち八万四千の塵労は八万四千の天女と開覚できるのである。)これ即ち(妙法を受持したときには)煩悩即菩提・生死即涅槃となる原理である。

「七宝冠(七宝の冠)」とは、頭上の七穴(目・耳・鼻・口のこと)のことである。今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱える者、この通りである。(頭上に七宝の冠をきて、人生を楽しみきっていけるのである。)

 


第四 「是人命終、為千仏授手(この人は命終して、千仏の手を授くるを為)」の事


  御義口伝に云わく、法華不信の人は、命終の時、地獄に堕ちるのである。経に云わく「若人不信 毀謗此経 即断一切 世間仏種 其人命終 入阿鼻獄(もし人信ぜずして、この経を毀謗せば、即ち一切世間の仏種を断ぜん。その人は命終して、阿鼻獄に入らん)」。

法華経の行者は、命終して成仏することは間違いない。「是人命終、為千仏授手」の文がこの証拠である。

「千仏」とは(百界千如、一念三千の)千如の法門を意味している。謗法の人は獄卒が来迎し、法華経の行者は千仏が来迎するのである。今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱える者は、千仏の来迎は疑いないのである。

 

<講義より>

千仏来迎ということも、その本義は千如の法門すなわち生命の内奥の法則をあらわしているのは当然であるが、たとえば広宣流布のために立派に戦いきって死んでいった同志のために、沢山の同志が葬式に参列し、題目を唱えて回向してくれる。これもまた、千仏来迎の現実の証拠といえるのではなかろうか。