譬喩品
受持の人 大白牛車 凡夫即極
乗此宝乗 直至道場
題目 極果の処なり
この文は、自身の仏乗を悟って自身の宮殿に入るなり。いわゆる、南無妙法蓮華経と唱え奉るは、自身の宮殿に入るなり。
<通解>
右(上)にある註にいわく「此宝乗」とは「大白牛車」、これを文底の立場より拝するならば、南無妙法蓮華経の題目である。したがって「此の宝乗に乗じ」ての「乗じて」とは、南無妙法蓮華経を受持する人のことである。この妙法の題目を受持して修行する者は「直に道場に至る」すなわち凡夫即極の仏の境涯を得る。この道場こそ、仏道修行における極果の処であり、真実の幸福境涯を意味するのである。
したがって、この文全体についての御義口伝にいわく、この文の意は我々が一念三千の当体であり、南無妙法蓮華経の当体であるということを悟る、すなわち自身の宮殿、絶対的な幸福境涯、成仏の境涯に入ることができるのである。