御書大好き!!

御書を拝読して感動したことなどを書きます。

御義口伝 別伝 勧持品 全789頁 新1098頁

 勧持品
    色法・心法
我不愛身命 但惜無上道

 

「我身命を愛せずして、但(ただ)無上の道を惜しむ」

 

 この文は、色心は幻化にして、四大・五陰は元より悪習なり。しかるに、本覚真如は常住なり。いわゆる南無妙法蓮華経なり。

 

<通解>

勧持品第十三にある文です。これについての御義口伝です。八十万憶那由佗の菩薩が、末法において三類の強敵を忍んで法華経を弘通すると誓うが、その誓いの文が「我身命を愛せずして、但(ただ)無上の道を惜しむ」になります。

まず、経文の左右に註を附されていわく、身命とは色法、心法の両方を意味し、その色心不二の生命を愛せずして、無上道たる南無妙法蓮華経を惜しむとの意となる。

さらに一歩深く「我身命をもおしまずして、ただ無上の道を惜しむ」と読むならば、生命がいかに尊厳であるかをあらわし、その尊き生命をも惜しまず、但無上道を惜しむということになり、さらに強い、また深い折伏精神を意味する。

この経文全体の御義口伝にいわく、この文は我々の生命というものは、無常であり、幻のごときものである。また地水火風の四大、色受想行識の五陰(おん)も、もとより濁った生命活動であるけれども、御本尊を根底としていったときには、その根底が仏界の生命であるがゆえに常住と現れる。すなわち南無妙法蓮華経と唱えることによって、その生命をなんら改めず、本来の清らかな生命となり、真実の常住の世界が開けてくるのである。

 

<講義>

仏法は限りなき生命の尊厳を説き明かしている。しかるにその尊き生命を惜しまず、仏法のために捧げていくとき、真実の常住の世界が開けてくることを仰せられた御文である。

文中「心は幻化にして、四大・五陰は元より悪習なり」とあるが、これは生命それ自体が、その流転の上に染法薫じて、一定の癖をもつようになり、そのために大宇宙のリズムに呼応できず、苦の充満せる当体となっていることをいう。しかしながら、本覚真如、御本尊を根本とし、南無妙法蓮華経と唱える時、あたかも太陽の出現にも似て、一切の生命の闇を晴らし、大宇宙のリズムと合致した力強き生命となり、そこに本有常住の寂光の世界が現出するのである。これが宿命転換の究極である。

(妙法への帰命については、講義下巻、839頁参照すること)