御書大好き!!

御書を拝読して感動したことなどを書きます。

御義口伝 別伝 分別功徳品 全790頁 新1100頁

   分別功徳品

持此一心福 願求無上道

(この一心の福を持って、無上の道を願い求めたる)

 この文は、一切の万行万善は、ただ一心本覚の三身を顕さんがためなり。善悪一如なれば、「一心福(一心の福)」とは云うなり。いわゆる、南無妙法蓮華経は「一心福」なり。

 

<語句>

一心:絶対無二の心性、あるいは唯一の根本識の意。

本覚の三身:本有無作の法身・報身・応身のこと。

一心福:一念の中に善も悪も摂せられる。しかも、妙法を根底にした場合、善根は善根として更に輝き、悪業は変毒為薬されて、功徳、福運と転ずることができる故に、一心福となるのである。

 

<通解> 

分別功徳品第十七に「この一心の福を持って、無上の道を願い求めたる」とある。この文についての御義口伝です。この文は八十万憶劫の間、五波羅蜜を修行して得た一心の福を持って、無上道を願い求めたということである。これは一切の万行万善と雖も、詮ずるところはただ一つ、一心本覚の三身をあらわすこと、すなわち己心に南無妙法蓮華経を顕現することのためにほかならない。妙法を受持したときには、善悪一如となって、共にわが己心に収まって福運と転ずるがゆえに一心の福というのである。すなわち南無妙法蓮華経と唱えることが一心の福なのである。

 

<講義のまとめ>

どんな人にもそれぞれ幸せというものがある。千差万別の個性豊かな幸せも、何かあれば崩れることがあり、絶対ということはない。盤石な基盤の上に立った幸せ、それは御本尊を受持してわが己心に仏性を湧現することである。

人生最高唯一の幸福は、実にここにあることを知るべきである。

「善悪一如なれば一心福とはいうなり」とは、善悪共に全部妙法を根底にしたときには、生かされてくるということである。妙とは蘇生の義なり、・・・無駄はないのである。過去世に犯した悪業の因も、御本尊に真剣に唱題に励むことによって功徳・福運と転じていくことができる。性格上の欠点も妙法を根底としたときには、見事に長所と転じ、生きてくるのである。

かくして一切が自身、幸福の人生を歩むため、社会に価値創造していくためへのプラスと条件として働いていくことを確信されたい。