御書大好き!!

御書を拝読して感動したことなどを書きます。

上野殿御書 1513頁 (新版御書 1846頁) 54歳御作

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上野殿御書(祇園精舎の事)

 建治元年(ʼ75)8月18日 54歳 南条時光

 わざと御使い有り難く候。それについては、屋形造りの由、めでたくこそ候え。いつか参り候いて、移徙申し候わばや。

わざわざお使いの人をよこされたこと、ありがたく思っています。その使いの話では館を建てられるとのこと、めでたいことである。いつかお伺いして新築のお祝いを申し上げたいと思う。


 一、棟札のこと、承り候。書き候いて、この伯耆公に進らせ候。

一つに棟札のこと承知しました。書いて、この伯耆公に持たせておきます。


 この経文は、須達長者、祇園精舎を造りき。しかるに、いかなる因縁にやよりけん、須達長者、七度まで火災にあい候時、長者この由を仏に問い奉る。

 この経文は須達長者が祇園精舎を造ったとある。ところが、どんな因縁によるのであろうか、須達長者は七度も火災にあったことがあり、長者はこのわけを仏に質問した。


 仏、答えて曰わく「汝が眷属、貪欲深き故に、この火災の難起こるなり」。

 仏は答えて、「あなたの一族は貪欲が深いがゆえに、この火災が起こるのである。」


 長者申さく「さて、いかんしてこの火災の難をふせぎ申すべきや」。

 長者が言うには「さてどのようにしてこの火災の難を防ぐことができるのでしょうか。


 仏のたまわく「辰巳の方より瑞相あるべし。汝、精進して彼の方に向かえ。彼方より光ささば、鬼神三人来って云わん、『南海に鳥あり。鳴忿(めいふん)と名づく。この鳥の住処に火災なし。またこの鳥、一つの文を唱うべし。その文に云わく、聖主天中天、迦陵頻伽(かりょうびんが)の声もて衆生を哀愍したもう者を、我らは今敬礼す云々。この文を唱えんには、必ず三十万里が内には火災おこらじ』と。この三人の鬼神、かくのごとく告ぐべきなり」云々。須達、仏の仰せのごとくせしかば、少しもちがわず候いき。その後、火災なきと見えて候。

 仏が言うには「南東の方から兆があるであろう。あなたはひたすら身を清め心を慎んで、その方角に向かいなさい。その方角から光が射すならば、鬼神が三人やってきてこう言うであろう。『南海にある鳥がいる。鳴忿(めいふん)と名付けられている。この鳥の住む所に火災はない。またこの鳥、一つの文を唱えるであろう。その文に曰く『諸聖の主で天中の天よ、迦陵頻伽鳥(かりょうびんがちょう)の声をもって衆生を哀れみ情けをかけられる者よ、我らは今、尊敬礼拝する。この文を唱える時は、必ず三十万里の内には火災は起こらない、』と。「この三人の鬼神はこのように告げるであろう。」と仰せられたのである。須達長者が、仏の仰せられたようにしたならば、少しも違うことはなかった。その後、火災はなかったと記されている。


 これによって、滅後末代にいたるまで、この経文を書いて火災をやめ候。今、もってかくのごとくなるべく候。返す返す信じ給うべき経文なり。これは法華経の第三の巻の化城喩品に説かれて候。委しくはこの御房に申し含めて候。恐々謹言。

 これによって、釈尊滅後末代に至るまで、この経文を書いて火災を防止したのである。今も同様にこのようになるであろう。くれぐれも信じるべき経文である。これは法華経の第三の巻の化城喩品に説かれている。詳しくはこの御房に言い含めてある。恐恐謹言。
  八月十八日    日蓮 花押
 上野殿御返事

 

【講義より】ここに出てくる棟札は現在は残っていないそうです。この二か月後時光に御本尊が授与されたことがわかっています。新築なった屋敷に御本尊が御安置されたと思われます。