世界を照らす太陽の仏法では、御義口伝の如来寿量品の要文がありました。
それとは別に、9月度の座談会御書にも、今回は御義口伝の要文が載っています。
これは法師品の十六個の大事の中の二個目にあたります。
第二 「成就大願、愍衆生故、生於悪世、広演此経(大願を成就して、衆生を愍れむが故に、悪世に生まれて、広くこの経を演ぶ)」の事
御義口伝に云わく、「大願」とは、法華弘通なり。「愍衆生故」とは、日本国の一切衆生なり。「生於悪世」の人とは、日蓮等の類いなり。「広」とは、南閻浮提なり。「此経」とは、題目なり。今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉るなり。
今回の御書では「大願とは法華弘通なり」という一節だけでもちゃんと覚えておこうと思いました。
私も御義口伝はすごいと思って最近よくブログに書いているのですが、やっと信解品第四のところを終わったところで、法師品も、寿量品もまだまだです。ちょっと飛ばして今回の法師品のところを書いておこうと思います。
座談会で講義を聞く前ですが、私なりに考えたことを書こうと思います。
学会員でも題目がなかなかあがらない人がいると思います。それも何かあればすごくあがるけど、毎日コンスタントにあげるのが苦手な人がいると思います。
実は、私がそうなんで、よくわかるんですが、そういう人はこの「大願」が生命にほとばしってないと思うのですが、どうでしょうか。口では言うし、頭でもわかってる。広宣流布のために戦いますと誓ったりしてる。
で、ほんとに毎日すごい題目あげて必死で折伏に行ってるかというとなかなかできてない人が多い。できてる人もいると思うのですが、今日はできない人に向けて言いたいのです。自分にも言いたい。
普通の人は小願を祈ってるのです。自分や周りの人の幸せやら病気平癒や仕事の事や子供のことを祈ってますね。法華弘通という大願を必死で祈ってるってあまり聞かない。
ところが、なんなら法華弘通だけを必死で祈って折伏にも走ってたら、自分の小さい願いは全部叶えていけると思うのですね。大願を祈るのが大事なんだとわかることが大事。
先生の指導にも、法華弘通の大願を貫く時、仏の勇気、仏の智慧、仏の慈悲が限りなく湧き出てきて、どんな悩みも変毒為薬し、宿命をも使命に転じていけるとあります。
今回の本部幹部会に海外から100人を超えるメンバーが来日していました。
彼らの明るさ、朗らかさ、元気!歓喜!爆発するような笑顔!
それに比べて日本人は大人しいなと思って見てましたが・・・まあ、国民性なので、羽目を外すような元気がなくてもしかたないですが。
皆、海を越えて師匠池田先生のいらっしゃる日本に来ることを、どれほど楽しみにして来られたか。胸が熱くなる思いで見ていました。
日本という平和な国で自由に学会活動できることの幸せ。
「願わくは、我が弟子等、大願をおこせ!」という御金言を壁に貼って「大願とは法華弘通なり!」と腹を決めて祈っていきたいと思います。