御書大好き!!

御書を拝読して感動したことなどを書きます。

御義口伝 法師品 第十二~第十五 全738頁 新1029頁

第十二 「若人欲加悪 刀杖及瓦石 則遣変化人 為之作衛護(もし人、悪・刀杖および瓦石を加えんと欲せば、則ち変化の人を遣わして、これがために衛護と作さん)」の事

 御義口伝に云わく、「変化人」とは、竜の口守護の八幡大菩薩なり。

日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る者を守護すべしという経文なり。


第十三 「若親近法師 速得菩薩道(もし法師に親近せば、速やかに菩薩の道を得)」の事

  御義口伝に云わく、「親近」とは、信受の異名なり。「法師」とは、日蓮等の類いなり。「菩薩」とは、仏果を得る下地なり。今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る者のことなり。

<講義より>

菩薩の行をしなくては、仏果をうることができないのは、通途の仏法の鉄則である。

(中略)大聖人の仏法では、この菩薩道はあくまで外用の姿であり、内証の辺は、すでに大聖人の眷属なのである。


第十四 「随順是師学(この師に随順して学す)」の事

 御義口伝に云わく、「是師」とは、日蓮等の類いなり。「学」とは南無妙法蓮華経なり。「随順」とは、信受なり云々。

<講義より>

この文は、人生における根本的な師弟論を説かれている。「是師」とは日蓮大聖人であり、人本尊となる。「学」とは妙法のことであり、法本尊である。「随順」とは信受の義であり、われらは日蓮大聖人を「師」と定め、一生涯、その教えを信受して、南無妙法蓮華経を実践するのである。すなわち三大秘法の御本尊を受持し、実践に励むことである。

現在の日本においては「師」に対する観念がほとんど意識されなくなった。これはまことに不幸なことといわねばならない。

 

第十五 「師」「学」の事
  御義口伝に云わく、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と学する者は一念三千なり。「師」も「学」も共に法界三千の師学なり。

<講義より>

ここは前の第十四に関連した内容である。

「師も学も共に法界三千の師学なり」とは師弟不二論、境地冥合論である。師と共に、また求道者の立場として、生命の本質を学び、実践していることを明かしている。