御書大好き!!

御書を拝読して感動したことなどを書きます。

御義口伝 常不軽品 第十八~第十九 全767頁 新1068頁

第十八 開・示・悟・入は礼拝の住所の事


  御義口伝に云わく、開・示・悟・入の四仏知見を住所とするのである。しかるあいだ、方便品のこの文を礼拝の住所というのである。これは(天台大師は)「内に不軽のあらわ解を懐(いだ)く」と(文句の十に)釈している。

「解(不軽の解)とは、不軽菩薩が一切衆生が正因仏性を具足していることを悟っていた」ということである。「開仏知見(仏知見を開く)」とは、この仏性を開かせようとして、仏は出現されたということである。

 

<講義より>

人間革命の究極はこの己心の仏界の湧現にある。その実証を身をもってあらわしていける。強く深い信心であっていただきたい。

 

 


第十九 「毎自作是念(つねに自らこの念を作す)」の文は礼拝の住所の事


  御義口伝に云わく、「毎」の字は、三世(過去・現在・未来、つまり永遠)をあらわす。「念」とは、一切衆生の仏性を念じたまうことである。

よって「速成就仏身(速やかに仏身を成就す)」と「皆当作仏(皆当に作仏すべし)」とは同じ意味である。

よって、この一文を(不軽菩薩の礼拝住所と)相伝するのである。天台大師は「開三顕一・開近顕遠」と釈している。秘すべし、秘すべし云々。(大事な法門であるから、重々に秘していきなさい。)

 

※開三顕一とは迹門方便品の十如実相並びに開示悟入の四仏知見の所説であり、三乗を開いて一仏乗をあらわしたのである。

※開近顕遠は本門寿量品第十六の所説であり、近成(ごんじょう)を開いて、久遠実成すなわち永遠の生命をあらわしたのである。