説明:「その仏、未だ出家したまわざりし時に、十六の子あり、その第一をば名を智積(ちしゃく)という。諸子、各々種種の珍異玩好の具あり。父、阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たもうと聞いて、皆所珍を捨てて仏所に往詣す。諸母、涕泣して、随いてこれを送る。その祖転輪聖王、一百の大臣、及び余の百千万億の人民と、皆ともに囲繞(いにょう)して、随いて道場に至り、ことごとく大通智勝如来に親近して、供養、恭敬、尊重、讃歎したてまつらんと欲す」のところです。
(新版御書のところを現代語訳にしています。)
第三 「諸母涕泣(諸母は涕泣す)」の事
御義口伝に云わく、「諸母」とは、「諸」は十六人の母ということです。実義には、「母」とは、元品の無明なり。この無明より起こる惑障を「諸母」というのです。流転(九界)の時は無明の母とつれだっているのであり、還滅(仏界)の時は無明の母ー(迷い)を殺す(断つ)のです。無明の母とは、念仏・禅・真言等の人々である。「而随送之(しかして随ってこれを送る)」とは、謗人(謗法の人)を指すのです。
しかしながら、ついに法華経の広宣流布が実現して、天下一同に法華経の行者と成るのである。「随至道場。還欲親近(随って道場に至る。還(かえ)って(大通智勝如来に)親近せんと欲す)」とあるのは、このことです。