〈今回は新版御書を元に如説修行抄を全部、現代語訳しました。以前2回書いたことがあるので、感想は省きます。〉
文永10年（ʼ73）5月 52歳 門下一同
考えてみると、末法の世において、仏法が広まるこの時代に日本という国に生まれ、この法華経を信じる人は、仏が生きていた時代よりもさらに多くの憎しみや妬みを受けるのは間違いありません。
その理由はこうです。仏が生きていた時代には、教えを説く中心となるのは仏自身であり、弟子も偉大な菩薩や阿羅漢（悟りを得た修行者）たちでした。彼らは、人間や天人（天界の住人）、四衆（比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷）や八部衆（仏法を守護する非人間の存在）といった幅広い者たちを調和させ、法華経を聞かせて導いていました。それでも、彼らは多くの妬みや憎しみを受けていたのです。
ましてや、末法のこの時代においてはどうでしょうか。この時代も、教えは正しく、信じる者も適した者たちが集まるはずで、時期も法華経が広まるべき時ですが、指導者を見れば、凡人である師匠が多く、弟子たちも争いごとが絶えず、正しい教えが隠され、三毒（貪欲・瞋恚・愚痴）が強くはびこる悪人ばかりです。そのため、正しい師匠からは遠ざかり、誤った師匠に近づいてしまうのです。
そのうえ、もし真実の法華経を実践する師匠と弟子や、信者が現れたならば、その者たちは必ず三種類の敵（僧侶・在家信者・権力者）に攻撃されることになるのです。
だから、この法華経を聞き始める日から覚悟を決めなければなりません。「仏滅後（仏が亡くなった後）は、さらに多くの妬みや憎しみがある」と経典に記されている通り、大きな困難に直面することを理解しておくべきです。
しかし、私の弟子たちの中にも、これまで何度も教えを聞いていたのに、小さな困難や大きな試練が訪れると、初めて驚き、怖気づいて信仰を失ってしまう者がいます。それは、私があらかじめ話していなかったからでしょうか？そうではありません。私はこれまで毎朝夕に「猶多怨嫉（なお怨嫉多し）。況滅度後（いわんや滅度して後をや）」という教えを繰り返し説いてきたのです。
たとえ私が住む場所を追われたり、傷つけられたり、あるいは二度も重い処罰を受け、遠い地に流されるような目に遭ったとしても、それを見聞きして「今さら」驚くべきではないのです。法華経に従って修行する者（如説修行の行者）は「現世安穏」（今の世で安らかで穏やかな生活を送る）であるはずです。それなのに、なぜ「三類の強敵」（法華経を妨害する三種類の敵）が盛んに立ちはだかるのでしょうか？
釈尊（お釈迦様）でさえ、法華経を説いたために九つの大きな迫害を受けました。過去の不軽菩薩は法華経を信仰したために杖や木の棒、石を投げつけられる迫害を受けました。中国の道生禅師は蘇山に流され、法道三蔵は顔に焼き印を押され、師子尊者は頭を斬られました。天台大師は南三北七（南方と北方の学派）に攻撃され、伝教大師も六宗（奈良時代の既存宗派）から激しい憎しみを受けました。
これらの仏や菩薩、聖人たちは、みな法華経の修行者でありながら、さまざまな大難に遭いました。このような人々を「如説修行の人」と呼ばないで、誰を呼ぶことができるでしょうか？
しかしながら、現在の世の中は争いが絶えず（闘諍堅固）、正しい仏法が隠され（白法隠没）、悪い国・悪い王・悪い家臣・悪い民ばかりが存在しています。そのため、正しい教えを捨て、間違った教えや邪な指導者を崇めているので、国土には悪鬼が入り乱れ、三災（自然災害・疫病・戦争）や七難（さまざまな災厄）が盛んに起こっています。
こんな時代に、日蓮が仏の命を受けてこの国に生まれたことは、不運ともいえます。しかし、仏陀の命令に背くことはできません。経典に従い、正しい教え（実）と誤った教え（権）の戦いを起こし、忍耐の鎧を着て、法華経の教えの剣を手に、一部八巻の中心である妙法五字の旗を掲げ、まだ知られていない真実の教えを広めるために戦っています。
念仏・真言・禅・律などの宗派や権力者たちと戦い、ある者は逃げ、ある者は引き下がり、ある者は捕らえられて私の弟子となりました。一方で、私に反撃し、私を押し倒そうとする者もいます。しかし敵は多勢であり、私は一人で戦っています。そのため、この戦いはいまだに終わっていません。
法華経の教えにある「法華の折伏は権門の理を破す」（法華経の教えをもって、誤った権力や理論を打ち破る）の通り、最終的には誤った教えや権力をすべて打ち倒し、法華経を信じる人々だけが残るでしょう。その結果、天下のすべての人々が一仏乗（唯一の仏法）に統一され、妙法が栄えることでしょう。
すべての人が南無妙法蓮華経を唱えるようになれば、吹く風が木の枝を揺らさず、雨が地面を壊すこともなく、まるで古代中国の堯や舜の時代のように平和で穏やかな世界になるでしょう。そのときには、今世の災難は消え去り、長寿を得て、人も仏法も老いや死から解放される真理が明らかになるでしょう。
この「現世安穏」の証拠に疑いの余地はありません。
如説修行の行者とは、どのような信仰を持つ人を指すのでしょうか？今の日本の人々は、次のように考えています。「如説修行の行者とは、すべての教え（諸乗）が最終的に法華経の一仏乗（唯一の仏道）に開かれまとめられるのだから、どんな教えもみな法華経と同じで、優劣や深浅の違いはない。念仏を唱えることも、真言を修することも、禅を行うことも、さらに一切の経典を学び、仏や菩薩の名前を唱えることも、すべて法華経と見なすのが如説修行の行者だ」と。しかし、私はそうではないと考えます。
仏法を学び修行する際には、人々の言うことをそのまま鵜呑みにしてはなりません。ただひたすら仏の教え（仏の金言）に従うべきです。釈迦如来（お釈迦様）は、悟りを開いた直後から法華経を説きたいと願われていました。しかし、当時の人々の心の準備（機根）ができていなかったため、まず仮の教えである権教を説きました。それは40年以上もの長い間続き、最後になってから真実の教えである法華経を説かれたのです。
法華経の序品や無量義経では、権教（仮の教え）と実教（真の教え）の区別を明確に示し、「方便（仮の教え）の力をもって四十余年の間、まだ真実を明かさなかった」とされています。たとえば、大荘厳経などの仏典に登場する八万の大士（仏の弟子たち）は、仮の教えを取り払い、仮の教えを明らかにし、それを廃して真の教えに帰すという意味を理解し、「法華経以前に長い時間をかけて修行してきた他の経典では、最終的な悟り（無上菩提）に至ることはできなかった」と断言しました。
そして、法華経（正宗）に至ってからは、「仏陀は長い時間をかけた後に必ず真実の教えを説かれる」と説かれ、さらに次のように断言しています。
「教えに二つはなく、また三つもない。仏の方便（仮の教え）は除かれる」「正直に方便を捨てる」「他の経典の一節さえも受け入れてはならない」
これが仏の教えであり、如説修行の行者が守るべき正しい道です。
これ以降の教えとしては、「ただ一仏乗のみが存在する」という妙法こそが、一切衆生を仏に導く最高の法であり、法華経以外の諸経典には少しの利益もないとされています。しかし、末法の現在の学者たちは、「どれも如来の説法であるから、それぞれに悟りへ導く力がある」と思い込んでいます。そして、真言宗、念仏宗、禅宗、三論宗、法相宗、倶舎宗、成実宗、律宗など、さまざまな宗派や経典を個別に信じているのです。
こうした人々について、法華経では次のように定めています。「もし人がこの経（法華経）を信じず、誹謗するならば、その人は一切の世間で仏の種を断ち、命を終えたのち阿鼻地獄に堕ちるであろう」と。
これらの戒めを明確に示す鏡（法華経の教え）をもとにして、一分も違うことなく「ただ一仏乗の教えのみが真実である」と信じる人こそが、如説修行の行者であると仏はお定めになっています。
四つの季節は、それぞれの特徴を持ちながら交代していきます。夏は暑く、冬は寒く、春には花が咲き、秋には実がなります。春に種を蒔けば、秋には実を収穫することができます。しかし、秋に種を蒔いて春に実を得ようとしても、それは叶いません。
極寒の冬には厚い衣服が役に立ちますが、暑い夏には何の役にも立ちません。同様に、涼しい風が必要な夏には役立ちますが、冬には無用です。仏法もまた同じようなものです。
小乗仏教が流布して利益を得られる時代もあれば、権大乗仏教が流布して利益を得られる時代もあります。そして、真実の教え（実教）が流布して仏果を得るべき時代もあります。
正法と像法の二千年は、小乗仏教や権大乗仏教が流布する時代でした。しかし、末法の始めの五百年は、純粋で円満な一実の教えである法華経だけが広く流布されるべき時代とされています。この末法の時代は、「闘諍堅固」「白法隠没」の時代であり、権教と実教が混乱している時代でもあります。
敵がいる時には、刀や杖、弓矢を持つべきです。しかし、敵がいない時には、弓矢や武器は何の役にも立ちません。今の時代においては、権教が実教の敵となっています。一乗（法華経）が流布するべき時代には、権教が敵となり妨げとなるならば、実教によってそれを責めるべきです。この行為を仏法では「摂折二門」のうちの「折伏」と呼びます。天台大師は「法華の折伏は、権門の理を破る」と述べています。この言葉は、まことに深い理由があるものです。
それなのに、摂受の修行（四安楽行）を今の時代に行うのは、冬に種を蒔いて春に収穫を求めるようなものではないでしょうか。鶏が夜明けに鳴くのは役に立ちますが、夜に鳴けば物怪（怪しいもの）と思われます。同じように、権教と実教が入り混じっているこの時代に、法華経の敵を責めず、山林に隠れて摂受の修行をしているのは、まさに法華経の修行の時機を見失った物怪ではありませんか。
ゆえに、末法のこの時代において、法華経の折伏の修行を経文のとおりに実践した者が誰かいたであろうか。いずれの人も立ち上がり、「諸経は成仏の道を得ることなく、むしろ地獄に堕ちる原因である。法華経こそ唯一成仏の法である」と、声も惜しまず、諸宗の教えを人法ともに折伏してまわるべきで、そうすれば、必ずや三類の強敵が現れることは疑いありません。
私たちの本師である釈迦如来は、在世中に八年間折伏を行いました。天台大師は三十年以上、伝教大師は二十年以上にわたり折伏を行いました。そして今、日蓮もまた二十年以上にわたり、権教の誤りを破り続けています。その間に受けた大難は数え切れません。釈尊が受けた九つの大難に匹敵するかどうかは分かりませんが、天台大師や伝教大師も、法華経のために日蓮のような大難を受けたことはないでしょう。
彼らが受けたのは、ただ悪口や嫉妬だけです。しかし私は、二度の勘気（罰）を受け、遠国に流罪され、竜口で処刑されかけ、頭に傷を受けました。そのほかにも、悪口を言われ、弟子たちも流罪にされ、牢に閉じ込められ、檀那の財産を没収され、家から追い出されるなど、数え切れない大難を経験しました。このような大難においては、竜樹、天台、伝教の誰もが到底及びません。
だからこそ、如説修行を行う法華経の行者には、必ずや三類の強敵が現れるものだと知りなさい。
だからこそ、釈尊が入滅してから二千余年の間に「如説修行の行者」といえるのは、釈尊・天台・伝教の三人を除けば、末法に入ってからは日蓮とその弟子・信徒たちだけです。もし私たちを「如説修行の者」と呼ばないのならば、釈尊・天台・伝教の三人もまた如説修行の人ではなくなります。逆に、提婆達多・瞿伽利・善星、さらには弘法大師、慈覚大師、智証大師、善導、法然、良観らが法華経の行者とされ、釈尊・天台・伝教、そして日蓮とその弟子・信徒たちが念仏・真言・禅・律などの行者になるべきでしょうか。法華経が方便の権教とされ、念仏などの諸経がかえって法華経となるなどという理屈があるでしょうか？
もし東が西となり、西が東となり、大地がその上にある草木もろとも天へ飛び上がり、天にある日月や星々が地に落ちるということがあったとしても、このような道理が成立することは決してありえません。
なんと哀れなことでしょう。今、日本国の万人は、日蓮とその弟子・信徒たちが三類の強敵に責められて大苦難に遭っているのを見て喜び、嘲笑っています。しかし、昨日は他人のことだったことが、今日は自分のこととなるのが世の常です。日蓮と弟子・信徒たちは、今や露のような儚い命を、陽の光が沈むのを待つような心境で過ごしています。しかし、いざ私たちが仏果を得て寂光の本土に住み、自受法楽（仏法を喜び味わう境地）を楽しむ時、あなたたちが地獄の底に沈み大苦難に遭う時が来たならば、私たちはどれほどあなたたちを哀れに思うことでしょう。そして、あなたたちはどれほど私たちを羨むことでしょう。
人生はあっという間に過ぎ去るものです。たとえどれほど強敵が現れようとも、決して退く心を持ってはいけません。恐れることもしてはいけません。
たとえ首を鋸で引き切られ、胴を槌で叩かれ、足に枷を付けられ、錐で刺されても、命がある限りは「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と唱え続け、そのまま唱えながら命を落とすならば、釈迦、多宝、十方の諸仏たちは霊山会上の契約に基づいて、瞬く間に飛んできて私たちの手を取って肩を抱き、霊山浄土へ連れて行ってくださるでしょう。二聖（二仏）、二天（仏教の護法神）、十羅刹女（法華経の守護神）は法華経を受持する者を守り、諸天善神は天蓋を掲げ旗を立てて私たちを護ってくれることでしょう。そして間違いなく、寂光の宝刹（浄土）へ送り届けてくれるのです。ああ、なんと喜ばしいことか、なんと喜ばしいことか。
文永十年癸酉五月 日 日蓮 花押
日蓮
花押（署名）
※【人々御中へ
この書、御身を離さず常に御覧あるべく候
（この書、いつも携帯して、常に読んでいかれますように）
最後の追伸のところ※【人々御中へ、この書、御身を離さず常に御覧あるべく候。】
この一文は、大聖人様が弟子や信徒たちに対して、この書状を非常に重要なものとして大切に扱い、常に手元に置いて繰り返し読むよう促されています。
特に「御身を離さず」という表現は、この書状が単なる一時的な教えではなく、日々の行動指針や信仰の中心に据えるべきものであるという強い意図を伝えています。弟子たちにとって、この書状は信仰生活における「戒め」と「励まし」の両面を備えた指南書とされていたことがわかります。
また、「常に御覧あるべく候」という言葉からは、単に保管するだけでなく、繰り返し読み返して教えを深く心にきざみ、自身の行動を律するよう求めている姿勢が伺えます。このような言葉遣いから、日蓮が信徒たちに対する深い思いや期待が込められていることが明らかです。
私たちもこの御書を常に拝読し、戦っていこうではありませんか。
「勿怪だな」とは言わせないぞ！
