御書大好き!!

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阿仏房尼御前御返事 1307頁 (新版御書1729頁) 55歳御作

建治元年(1276年)九月三日、身延で著され、佐渡の阿仏房の夫人・千日尼に与えられたお手紙です。

謗法の浅深・軽重によって罪報はどうなるのか、との千日尼の質問に答えた御返事で、別名を「畷(なわて)堅固御書」と言います。

 

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阿仏房尼御前御返事

 建治元年(ʼ75)9月3日 54歳 千日尼

 (尼御前からの)お手紙には「謗法の浅深・軽重においては罪報はどうなるのでしょうか」とありました。
 そもそも、法華経の本意は、「一切衆生皆成仏道」の御経である。そうはいっても、信ずる者は成仏を遂げ、謗ずる者は無間大城に堕ちる。「もし人が信じないで、この経を毀謗したら、即ち一切世間の仏種を断ずるであろう。乃至その人は命終わって、阿鼻獄に入るだろう」というのは、このことです。

謗法の者にも浅深・軽重の異なりがあり。法華経を持ち信じているけれども、誠に色心相応の信者、能持此経の行者はまれである。これらの人は、わずかばかりの謗法はあっても、深重の罪を受けることはない。信心はつよく、謗法はよわいからである。大水をもって小火をけすようなものです。
 涅槃経に云わく「もし善比丘がいて、法を壊る者を見て、放置して、呵責したり駆遣したり挙処しなければ、当に知るべし、この人は仏法の中の怨なのです。もし能く駆遣し呵責し挙処したならば、これ我が弟子、真の声聞である」云々。この経文にせめられ奉って、日蓮は種々の大難に値うといえども、「仏法の中の怨なり」のいましめを免れんために申すなり。
 ただし、謗法に至っても浅深があるのである。偽り愚かにして、せめざる時もあるのである。真言天台宗等は法華誹謗の者、厳しく呵責すべきである。
 しかれども、大智慧の者でなければ、日蓮が弘通の法門と彼らの法門とを分別しがたい。したがって、しばらく彼らの呵責は差し置くことがある。たとえば立正安国論のように。
 言っても言わなくても重罪は免れ難い。言って罪のまぬかるべきを、見ながら、聞きながら、置いていましめないことは、眼・耳の二徳がたちまちに破れて大無慈悲となる。章安が言うには「慈無くして詐り親しむは即ちこれ彼が怨なり」等云々
 重罪は消滅しがたい。いよいよ他を利益しようとする心を盛んにすることがもっとも大事である。軽罪の者をせむる時もある、またせめずにおいておくこともある。自然になおる人もある。謗法をせめて自他の罪を脱れて、それからゆるすこともある。その故は、一向謗法になれば、まされる大重罪を受けるからである。「彼がために悪を除くは、即ちこれ彼が親なり」とは、これなり。


 日蓮が弟子檀那の中にも、多くこのようなことがある。さだめて尼御前もきいておられることがあるであろう。一谷(いちのさわ)入道は、日蓮が檀那と内にはそうなっているけれども、外に対しては念仏者としてふるまっている。後生はどうしようも救いようがない。しかしながら、法華経十巻を渡したのである。


 いよいよ信心を励んでいきなさい。仏法の道理を人に語ろうとする者を、男女僧尼必ずにくむであろう。よしにくまばにくめ、法華経・釈迦仏・天台・妙楽・伝教・章安等の金言に身をまかすべきである。「如説修行」の人とは、これなり。法華経に云わく「恐畏(くい)の世において、よくわずかの間でも説けば」云々。悪世末法の時、三毒強盛の悪人等集まっている時に、正法を暫時(わずかの時間)も信じ持つ者を天・人が供養するだろうという経文です。
 この度、大願を立てて、後生を願いなさい。少しでも謗法や不信のとががあれば、無間大城に堕ちることは疑いないであろう。譬えば、海上を船にのるに、船おろそかにあらざれども、あか入りぬれば、必ず船中の人々一時に死ぬのである。
 なわて堅固なれども、蟻の穴あれば、必ず終に湛えたる水のたまらないようなものである。謗法不信のあかをとり、信心のなわてをかたむべきである。

浅き罪ならば、こちらからゆるして功徳を得させるべきである。重きあやまちならば、信心をはげまして消滅させるべきである。
 尼御前の御身として、謗法の罪の浅深・軽重の義を問われたことは、まことにありがたき女人でおられる。竜女にどうして劣るであろうか。「我は大乗の教えを闡いて、苦の衆生を度脱せん」と説かれてあるのは、このことです。「その義趣を問うことは、これは則ち難しいことである」といって、法華経の義理を問う人は現れ難いと説かれている。
 相構えて相構えて(心して)、力のある限り謗法を責めていきなさい。日蓮が義を助けられることは、不思議に感じられてなりません、実に不思議なことです。あなかしこ、あなかしこ。
  九月三日    日蓮 花押
 阿仏房尼御前御返事