そもそも、上野殿が亡くなられた後、あの世からこちらを訪れていらっしゃるのかどうか、それを知りたいと思います。
しかし、それがあるとも思えません。もし夢でなければ姿を目にすることはないでしょうし、幻でなければ声を聞くこともないはずです。ただし、きっと霊山浄土にて昼夜を問わず、私たちのことを見聞きされていることでしょう。
しかし妻子たちは肉眼しか持たないため、その姿を見ることも、声を聞くこともできません。ですが、いずれ皆同じ場所で再会できるとお思いください。
これまでの生々世々において結ばれた夫婦の縁は、大海の砂の数よりも多いほどであったでしょう。しかし、今回のご縁こそが真実のご縁の夫です。その理由は、夫の勧めによって法華経の行者となったことで、仏を拝むことができるからです。
生きていらっしゃったときは「生の仏」、今は「死の仏」として、生死を超えて仏そのものです。これこそ「即身成仏」と呼ばれる大切な教えです。法華経の第四巻にはこうあります。「もしこれを能く持つならば、すなわち仏身を持つ」と。
(中略)
故人(聖霊)はこの法華経を実践された行者であるため、即身成仏は間違いありません。ですから、あまり深く嘆き悲しまれる必要はありません。ただし、嘆き悲しむのも凡夫として当然の感情ではあります。それどころか、聖人であってもそのようなことがあり得るのです。釈迦仏が入滅されたときに、多くの弟子たちが悟りを得ていたにもかかわらず深く嘆いたのは、凡夫としてのふるまいを示されたからではないでしょうか。
いずれにしても、どうか追善供養を心の及ぶ限り励まれてください。古の徳ある方々も、「心を九識(深い心の本質)に置き、修行は六識(感覚の範囲)に基づいて行いなさい」と教えています。
(上野殿後家尼御返事、全1540頁・新1832頁)
法華経の教えは、広大で無限の大海のようなものです。一方で、故五郎殿が十六年間に犯した罪は、川の一滴のようなものに過ぎません。そして、ほんの短い間でも「南無妙法蓮華経」と唱えることは、まるで大海の一滴と同じほどの力を持っています。
これを例えるなら、花がつぼみから咲いて実を結ぶようなものです。親が亡くなり、その意志が子に引き継がれるのもまた、この自然の道理にかなっています。
(上野殿御書右、全1567頁・上野殿母御前御返事、新1916頁)
南条七郎五郎殿の御死去の御事、人は生まれて死ぬのが世の常であることは、智者も愚者も身分の上下を問わず誰もが知っていることであるため、初めて嘆いたり驚いたりするべきことではないと思います。私自身もそのように考えていますし、人々にもそう教えてきました。ですが、いざその時が訪れると、それが夢なのか幻なのか、未だに見極めがたい気持ちです。ましてや、お母上がどれほどお嘆きになっているかは察するに余りあります。
父母や兄弟に先立たれ、かけがえのない夫とも別れることとなりましたが、多くのお子さまがいらっしゃったことで、きっと心の慰めとなっておられたのでしょう。けれども、最愛の末の息子、それも男子で、容姿も人並み以上に優れ、心も非常にしっかりしていたため、他人からも頼もしく思われていたその子を失われたことは、あまりにも残念なことでしょう。まるで、咲き始めた花が風にしおれるように、あるいは満月が突然姿を消してしまうように思われていることでしょう。
現実とは思えないあまり、何を書いているのか、筆も進まず、言葉を紡ぐことも難しく感じます。(上野殿御書、全1567頁左・新1903頁)
故七郎五郎殿は、当世の日本国の人々には及ばないほどの方でありました。幼いながらも賢明な父の意志を継ぎ、まだ二十歳にも満たない若さでありながら、「南無妙法蓮華経」と唱えられ、仏となりました。「一人として成仏しない者はいない」という教えが、まさにこのことを示しているのです。
どうかお願い申し上げます。悲しみに暮れる母上が最愛のご子息を恋しく思われるならば、「南無妙法蓮華経」と唱えられ、故南条殿や故五郎殿と同じ世界に生まれ変わることを願ってください。同じ種は同じ実を結びます。別の種では別の実を結ぶのです。もしも心に同じ「妙法蓮華経」という種を宿されるなら、必ずや同じ「妙法蓮華経」の世界に生まれ変わられることでしょう。
その時、三人で顔を並べることができたなら、どれほどの喜びと幸せを感じられることでしょうか。(上野殿母御前御返事、全1570頁・新1908頁)
その上、一切の二乗(声聞・縁覚)、一切の菩薩、兜率天におられる弥勒菩薩、迦羅陀山におられる地蔵菩薩、補陀落山におられる観世音菩薩、清涼山におられる文殊師利菩薩など、それぞれが眷属を従えて、法華経の行者を守護してくださるだけでもありがたいことです。さらに、恐れ多いことに、釈迦仏、多宝如来、そして十方の諸仏が、自らおいでになり、昼夜十二時にわたってお守りくださることの尊さは、言葉では表しきれません。
このように素晴らしい御経を、故五郎殿が深く信じられ、仏となられたことは何ともめでたいことです。そして今日は、故五郎殿の四十九日にあたる日であり、一切の諸仏が霊山浄土に集まり、それぞれが手に取ってお迎えになったり、額に触れて慈しんだり、抱きしめたり、心から喜ばれたりしていることでしょう。まるで月が初めて夜空に現れたように、また花が初めて咲いたように、どれほど愛され、大切にされていることでしょうか。(上野殿母御前御返事、全1572頁・新1909頁)
そもそも、故五郎殿のことを思い出さずにはいられません。散った花も再び咲き、枯れた草も再び芽吹くのですから、故五郎殿もどうして帰ってこられないことがありましょうか。ああ、無常の花や草のような存在であるならば、人間ではなくとも、花の根元から離れることはないでしょうし、動物ではなくとも、草の根元を捨てることはないでしょう。
経文には、「子は親の敵である」と説かれています。それは何を意味しているのでしょうか。梟(ふくろう)という鳥は母を食べ、破鏡(はきょう)という獣は父を害すると言われています。また、安禄山(あんろくざん)という人物は史思明(ししめい)という息子に殺され、源義朝(みなもとのよしとも)という武士は、その父である源為義(みなもとのためよし)を殺しました。「子は親の敵である」という経文は、こうした事例をもって説かれたのでしょう。
しかしながら、同じ経文には、「子は親の財である」とも説かれています。妙荘厳王(みょうしょうごんのう)は、生涯を終えた後、無間大城(むけんだいじょう)と呼ばれる地獄へ堕ちる運命にありましたが、浄蔵(じょうぞう)という太子に救われ、大地獄の苦しみを免れただけでなく、娑羅樹王仏(しゃらじゅおうぶつ)という仏になることができたのです。青提女(しょうだいにょ)と呼ばれる女性は、慳貪(けんどん)の罪によって餓鬼道(がきどう)に堕ちましたが、目連(もくれん)という息子に助けられて、餓鬼道から抜け出すことができました。ですから、「子は親の財である」と説く経文に間違いはありません。
故五郎殿は、16歳という若さでありながら、その心根も容姿も人並み外れて優れた方でした。それだけでなく、男性としての能力も十分に備わり、多くの人々から称賛されていました。また、ご両親の意向に従う姿勢は、水が器に従うようであり、影がその身に寄り添うようでした。家では柱のように頼りにされ、道中では杖のように支えとなり、家の宝もこの子のため、使用人たちもこの子のためと、すべてが五郎殿を中心に動いていたのです。
ご両親は、「自分が亡くなったとしても、この子が家を引き継ぎ、立派に家を支えていくに違いない。何の心配もない」と深く信じておられたことでしょう。しかし、そんな五郎殿が突然先立たれたことで、どれほどの悲しみと喪失感に苛まれていることでしょう。「これは夢か幻か、目を覚ませば元に戻るのでは」と願っても、その願いは叶わず、季節がまた巡って一年が経ちました。どこで再会できるのかさえ分からない状況では、「羽がなくても天に登るだろう。船がなくても海を渡り、中国(彼の地)へ行くだろう。地の底にいると聞けば、どうして地を掘り進めないことがあるだろうか」と、嘆きに嘆いていることでしょう。
しかし、安らかに再会する道があるのです。それは、釈迦仏を使者として霊山浄土へ共に向かうことです。「もし法を聞く者あらば、一人として成仏せざることなし」と法華経に説かれています。この教えは、大地が裂けようとも、日月が地に堕ちようとも、潮が満ち干きしなくなる時が来ようとも、花が夏に咲かなくなることがあろうとも、法華経を信じて唱える母が愛する子に再会しないことなど決してない、という真理です。
どうか急いで、この道を求めて努力してください。急いで、努めてください。
(上野殿御前御返事、全1575頁・新1920頁)
〈感想〉
大聖人様の励ましのお言葉に、胸がいっぱいです。
4人の子どもの母として、子どもに先立たれるということは、想像するだけでも胸が張り裂けそうな思いです。時々、1日でも私の後に死んでほしいと思ったりします。
ただ、私は子どもたちに元気で、しっかりとこの世に生まれた使命を果たしてほしいと心から願っています。そして、宿命を転換し、天寿を全うしてほしいです。
私も、自分にできることを全力でやり尽くしてから死にたいと思っています。
もしやり残したことがあったら、あの世から戻ってくるくらいの執念を持っている、かな?(笑)
とても感動的な御書があったので、また載せていきたいと思います。
遺族の方への御書①~③は今日で終わります。