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武田信玄に理想のリーダー像を見る

池田先生の著書『私の人間学 下』の中から、私が特に感動した「武田信玄」についての話を紹介したいと思います。

 

戦国の世を生きた武田信玄という人物には、ただの武将ではなく、“深い人間愛”と“知恵”がありました。今の時代にも通じるリーダーとしての姿を、特に、政治家や社会のリーダーという人たちは学んで欲しいもんだと思いました。

既に武田信玄のことをよく知っておられる人には珍しい話ではないかもしれませんが、私はあまり戦国の武将のことは詳しく知らなかったので、為になったし、感動しました。武田信玄について「私の人間学」を参考に、お話ししますね。

 

信玄が他国を攻め取ったとき、奪うことよりも「その地を守ること」を大切にした。征服した土地の領主を敵として切り捨てるのではなく、味方として迎え入れ、人々が困らないように細かく配慮した。その根底には、すべての人に対する慈悲心があった。

また、彼は人材を育てる名人でした。情け深く、公平なリーダーの下にこそ、人は集まり人材は育つという信念は、現代の社会でも通用する原理だと思います。

特に、信玄は、若い武士たちを呼び、夜話――つまり、夜の雑談の中で訓話を語り、厳しく教え込むのではなく、わかりやすい譬え話を通して、
武将としての心構えや、物の見方を自然に学ばせていった。

ここはほんとに学会の未来を考えて、未来部を大事に育てようと、一番に手を打たれた池田先生とかぶるところです。

信玄はまた、部下の意見を非情によく聞く武将でした。決して自分勝手な独断や安易な実践ではなく、全員で協議をし、準備に準備を重ねた用意周到な戦いで勝って行ったのです。しかも、勝っても驕ることなく、負けても悔やんだりせず、どんなときも平常心でいたというのが、すごいところだと思いました。

また、有能なリーダーであれば、部下については、その性格や体調、家族のことなど、すべて掌握しておくことが大事。人を見抜く力も必要。そして、能力を発揮できるよう適材適所に人材を配置すること。

また、リーダーは確たる信念を持って、しかも柔軟に対処する力を持ち、謙虚に学んでいくこと。そして、真剣で責任感にあふれていること。リーダーとしての資格は責任感の有無にあり、その大きさ、深さが人格の偉大さを決定づけると言われています。まさに、池田先生は武田信玄のようなリーダーだったな~というのが率直な思いです。

また、信玄は戦いの勝利を誇るのではなく、その後の政治――つまり人々の暮らしを第一に考えていたというのも、大事なポイントです。信玄は民衆の「生活」と「心情」に深く、細やかな配慮をし、負担が必要以上にかからないよう配慮していた。戦うことよりも、「どう人を幸せにするか」を重んじていたという。ここに、真のリーダー像を見る思いがします。

彼には甲斐の国を守り、永遠に発展させようという長期的展望や目標があった。甲斐の国は昔から水害が多かった。そこで、彼が心血を注いだ治水工事が400年も甲府盆地を水害から守ったのです。領民を守る責任感のなせる功績とも言えますね。信玄堤は今も洪水の氾濫から県民を護っているそうです。

さて、「人は石垣、人は城、人は堀、情けは味方、仇は敵」という信玄の遺訓があります。「人は石垣、人は城」と、戸田先生も池田先生もよく言われていました。学会はまさしく人材の城を築いてきました。特に関西は「錦州城」と言われ、関西の歌にもありますね。「金の城」と歌っていますが、文字は「錦州城」です。両先生の有名な和歌を書いておきますね。

「関西に 今築きゆく 錦州城 永遠に崩れぬ 魔軍抑えて」

「我が弟子が 折伏行で 築きたる 錦州城を 仰ぐうれしさ」

 

世界中にSGI広宣流布してきたけれど、地元の青年部は元気に活躍してるのか、地域差があると思われます。どこも結構、高齢者が多いですからね。若い人を立派な人材に育てる人が減ってきてるかなという印象です。草創期のすごい先輩たちの姿はもう見かけることがなくなってきていますから、私も寂しいです。

もう、何年か「青年学会」と言われているので、新しい学会に変わっていく過程なのかな。

『私の人間学』の本には、歴史上の人物を通して、“人間としてどう生きるか”を考えさせてくれるエピソードがたくさんあります。興味のある方は、ぜひ読んでみてくださいね。

老いも若きも生涯勉強です。

また、紹介しようと思っています。

 

内容を少し変えてyoutubeでも配信しました。よかったら聞いてみてください。

 

https://youtu.be/CvMs_K0WvTE