御書大好き!!

沢山の人が御書に親しめるように、現代語訳や講義、感想など書きます。

災難興起由来 新441頁 追加御書

新版御書に追加された御書です。資料がないので、AIにも色々聞いて、わかったことを書いていきます。長い御書ですが、最後にAIによるまとめも書きました。

 

この御書は、正元二年(1259年)2月上旬、日蓮大聖人が38歳のころに書かれたものです。これは『立正安国論』(1260年)執筆の直前にあたります。

当時、日本では飢饉・疫病・社会不安が広がりつつありました。

立正安国論を拝読しても当時の悲惨な国情がよくわかりますよね。だから、死んでから極楽に行きたいと思う人も多かったのは無理もないですが・・・それで念仏が流行ってしまった。

この世の中を変えるには、人々が幸せになるには、正しい仏法を弘めていくしか方法はない、との信念で大聖人は命がけで南無妙法蓮華経を説かれたのです。

立正安国論のように問答形式で書かれています。

現代語訳だとわかりやすいと思います。ただ、少し長すぎひさたけ。(笑)

因みに杉久武という参議院候補が大阪府から出馬されているので、うちではよく言う言い回しです。頑張りすぎひさたけ~楽しすぎひさたけ~など(笑)

 

では、災難興起由来はじめましょう。

〈現代語訳〉

答えて言うには、「そのとおりです。夏の桀王、殷の紂王、周の幽王などの時代がそれにあたります。」

反論して言うには、「その時代には仏法がなかったのだから、仏法を謗(そし)る者もいないはずです。それなら、どうしてその国が滅びたのですか?」

答えて言うには、「黄帝孔子などは、国を治める方法として五常(仁・義・礼・智・信)を用いました。しかし愚かな王が現れて、その礼教(道徳的規範)を破ったために、災難が起こったのです。」

 

反論して言うには、「それならば、現代の災難も五常を破ったことが原因だとすべきで、どうして必ずしも仏法の選び誤った流布(正しい宗派を選ばず誤った宗を広めること)が原因だといえるのですか?」

答えて言うには、「仏法がまだ中国に伝わる前は、黄帝らは五常によって国を治めていました。この五常は、仏法が伝来した後の目で見れば、実は五戒(不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒)に相当します。老子孔子らもまた、未来の仏の出現を見通して、国を治め、人々を仏法に導くために遣わされた“仏の使い”である三聖です。だから、桀や紂や幽王が五常を破って国を滅ぼしたというのは、すなわち五戒を破ったことによるのです。」

また、人間として生まれて国の主(国王)となるのは、必ず過去に五戒や十善を修めた功徳によるものです。儒教などの外典は浅く近い教えなので、過去の因や未来の果を説きませんが、それでも五戒十善を守った結果、王になるのです。だから、人が五常(仁・義・礼・智・信)を破れば、天にはたびたび異変(天変地異)が現れ、地には不気味な出来事(地妖=怪異や災害など)がしばしば人々を侵すようになるのです。

だから、今の時代に次々と起こる災難も、国中の身分の上下を問わず多くの人々が、『選択集』(法然の教え)を信じていることが原因なのです。

阿弥陀仏以外の仏や経典を信仰している人々に対しては、顔をそむけて礼儀を尽くさず、言葉をかけられても喜ぶ心も持たない――そんな態度を取るのです。

そのため、国の中では人々が特に礼儀を失い、僧侶も俗人も戒律(ルール)を破るようになっているのです。

たとえるなら、阮籍(げんせき)に倣った者たちは礼儀を壊し、元嵩(げんすう)に従った者たちは仏法を破ったようなものです。

阮籍(中国・魏晋の自由奔放な文人)=礼儀破壊の象徴
※ 元嵩(中国仏教の僧侶、異端的な考えを持つ者)=仏法破壊の象徴

 

質問して言うには、「どうして、仏法がまだ中国に伝わる前からあった“儒教五常”が、仏教の五戒に相当するのだとわかるのですか?」というのです。

 

補足解説:

  • 五常(仁・義・礼・智・信)は儒教の徳目で、人としての基本的な道徳。

  • 五戒(不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒)は仏教徒が守るべき基本的な戒律。

  • 日蓮は、仏法以前の聖人(孔子老子など)も実は仏の意思によって遣わされた存在であり、五常も実質的には五戒と同じであると説いています。

  • 現代の混乱・天災・社会の乱れは、「誤った教え(選択集=阿弥陀信仰)」を信じていることに原因があると強く非難しています。

〈現代語訳〉

答えて言うには――『金光明経』にこう説かれています。「世の中にあるすべての善い教えは、すべてこの経に基づいている」と。

法華経』にはこうあります。「たとえ世俗の書物や、政治を治めるための言葉、生活を支える知恵などを説いたとしても、それらはすべて仏の正しい教えにかなうものである」と。

『普賢経』にはこうあります。「正しい仏の教えによって国を治め、人民を不当に苦しめることがない。これを“第三の懺悔(さんげ)を修する”と言う」と。

『涅槃経』にはこう説かれています。「世の中の異教(外道)の書とされるものも、実はすべて仏の説かれたものであって、真の意味では異教の説ではない」と。

『摩訶止観(しかん)』にはこう書かれています。「もし世の中の道理を深く理解するならば、それはすなわち仏法そのものである」と。

『弘決』にはこうあります。「(仏が)まず礼儀や音楽などの文化を先に広めて、それから真の仏道を開かれた」と。

『広釈』にはこう記されています。「仏は三人の聖者を遣わして、しばらく中国を教化した。儒教五常は、仏教の五戒をわかりやすく示したものである。昔、大宰(ある高官)が孔子に尋ねて言った。『三皇五帝(古代中国の理想の王たち)は聖人でしょうか?』。孔子は答えた。『聖人ではありません』。さらに問うた。『では先生(あなた)は聖人ですか?』。孔子はまた言った。『私も違います』。さらに問うた。『それならば、いったい誰が聖人なのですか?』。孔子は答えた。『私は聞いたことがあります。西方に聖者がおられ、“釈迦”という名だと』と」。

 

『周書異記』にいわく――

「周の昭王(しょうおう)の24年、甲寅(きのえとら)の年(=紀元前1027年とも)、4月8日、突然、川や泉、池の水があふれ出し、井戸の水もすべて湧き出て止まらなかった。宮殿や人々の家、山や川、大地までもがことごとく震え動いた。

その夜、五色の光が天に現れ、太微(たいび:天の星座の一つ)を貫いて四方に広がり、すべてが青や赤の光となった。

昭王は天文を司る役人・太史(たいし)の蘇由(そゆう)に尋ねて言った。
『これは何の異変か?』
蘇由は答えて言った。
『これは大聖人が西方(インド)にお生まれになる瑞相です』。

昭王はまた尋ねた。
『このことは、天下にとってどのような意味があるのか?』
蘇由は言った。
『すぐにはその教えが及ぶことはありませんが、千年の後には、その聖人の教えがこの中国の地に及ぶでしょう』。

昭王はすぐに人を遣わし、石にこの出来事を刻ませ、西の郊外にある天神を祀る祠(ほこら)の前に埋めさせた。

また、穆王(ぼくおう)の52年、壬申(みずのえさる)の年、2月15日、夜明けに突然暴風が起こり、人家を吹き飛ばし、木々を折り、大地と山川も震動した。

午後になると空が暗くなり、黒い雲が立ち込め、西の空に白い虹が12本あらわれ、それが南北を貫いて通り抜けた。数夜にわたって消えなかった。

穆王は太史の扈多(こた)に尋ねた。
『これは何のしるしか?』
扈多は答えて言った。
『西方の聖人(釈迦)の入滅のしるしであります』」。

以上。

【ここの解説】

この文章は、「釈迦の誕生と入滅」が、当時の中国の王たちにも「天変地異」や「瑞相(めでたい前兆)」として知られていたとする伝説です。

  • 4月8日:釈迦の誕生日

  • 2月15日:釈迦の入滅日(涅槃の日)

という仏教の暦と符合させて、歴史的な裏付けのように語られています。日蓮はこうした記述を引用して、「釈迦仏は時を超えても偉大であり、その教えはすでに中国にも予見されていた」と論証しているのです。

 

〈現代語訳〉

今、このことを考えてみるに、『金光明経』には「この世に存在するあらゆる善き教えは、みなこの経(仏の教え)に由来する」と説かれている。
仏法がまだ中国に伝わっていない時代には、黄帝たちは玄女という神秘的な存在から「五常(仁・義・礼・智・信)」の道を学んだとされる。
その五常は、実は久遠の昔からある仏教に源づいており、黄帝はその教えをもとに国を治めたのである。
ただし、その時代は人々の心(機根)がまだ仏の深い教えを受け入れるには未熟だったので、五戒のような仏の戒律を説いても、過去や未来の因果までは理解できず、ただ現在の社会秩序を守るために、親孝行や忠義によって生きることが重んじられていたのである。
他の経典においても、同じように解釈されている。

 

また、『周書異記』などの記録を見ると、仏法がまだ中国(真旦)に伝わってくるよりも1000年以上も前に、人々はすでに「西方に仏がいる」ということを知っていたのである。
ましてや老子は殷の時代に生まれ、周の歴代の王たちの時代に活躍した人物である。
孔子老子の弟子であり、顔回孔子の弟子である。
そうした時代にあって、周の昭王や穆王の時に、天文官の蘇由・扈多が「今はまだだが、千年の後にはその聖人の教えがこの国に広がるであろう」と記した言葉を、彼らが知らなかったなどということがあるだろうか。いや、知らなかったはずがない。

 

さらに、仏教の経典(内典)をもとにして考えてみると、仏は確かにこう述べておられる。「私は三人の聖者を遣わして、あの中国の地(真旦)を教化する」と。
つまり、仏は仏法を中国に広めるために、まず三人の菩薩(老子孔子顔回と見なされている)を中国に遣わし、人々に五常の道を教え、これを仏法に入る最初の入り口とされたのである。
これらの経典の文をもとに考えると、仏法が正式に伝来する以前の五常の教えは、実は仏教の五戒の内容を含んでいたと理解できる

 

ここで疑問が出てくる。「もし、選択集(浄土宗の根本経典)を信じることが謗法であるのなら、なぜその謗法の者たちの中に、今の世の災難や罰に遭わない者がいるのか?」

これに対して答えるなら、「業の力は一定ではない」ということがまず言えます。
つまり、仏法をそしるという謗法をして、その報いを現世で受ける場合がある。たとえば、『法華経』には「このような人は、現世に白癩(はくらい)という病にかかるであろう、あるいは重い悪病を受けるであろう」とある。
また、『仁王経』には「もし人が仏教を壊すようなことをすれば、その人には孝子もなく、家族親戚は不和になり、天の神々も助けず、疫病や悪鬼が日々襲いかかり、災いや異変が次々と起き、災難が連鎖する」とある。
『涅槃経』にも、「もしこの経典(仏の教え)を信じないなら、臨終の時に心は乱れ、戦乱が起こり、暴君に苦しめられ、仇敵に攻められるようなことにもなるだろう」と説かれている。
これらはすべて、現世で報いが現れる場合(順現業)の例である。

 

また、『法華経』には「もし人がこの経を信じず、そしるならば、その人は死後、阿鼻地獄に堕ちるだろう」とある。
『仁王経』にも、「人が仏教を壊せば、死後に地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちる」と説かれている。
これは、次の生(来世)で報いが現れる(順次生業)という例である。
未来世に報いが現れる「順後業」などの例については、ここでは省略する。

 

ここでまた疑問が生じる。「それでは、法華経真言宗などの大乗経典を信じている人たちが、なぜこのような災難に遭うことがあるのか?」

これに対しては、次のように答えることができる。
『金光明経』には「罪もない者が、わけもなく災難に遭うこともある」とあり、
法華経』にも「不条理に災いを受ける者もある」と記されている。
また、天台の『摩訶止観』には「仏法の意味を少し理解している段階(似解)では、因(原因)の病はまだ軽く、道心は次第に熟していくけれども、果(結果)の病がなお重いために、さまざまな災難を免れることはできない」とある。
『記(止観の注釈書)』には「過去や現在の因縁が浅ければ、たとえ小さな苦しみでも、それが何によるものか分からないこともある。」と書かれている。

 

これらの文を根拠に考えると、たとえ法華経真言宗の経典を読誦していても、その人の信仰の深さが浅く、仏法との因縁が薄い場合、口先では経を読んでいてもその内容を理解しておらず、単に名誉や利益のために読んでいるにすぎない。
あるいは、かつての師匠が謗法者であり、その罪がまだ清算されていないままに、表向きは法華経を実践していても、内心では「選択集」(浄土宗の経)を良しとしていたり、心では否定していないつもりでも、世間の人々に迎合しようとして「法華経末法の世には合わない」などと語ったりしている。
そういう在り方であるならば、その人が災難に遭うのは、免れ難いと言わざるを得ないのである。

 

質問します。この災難を速やかに止めるには、どのような秘法や方法を用いるべきでしょうか。

答えて言う。むしろ、法をそしる書物や、それを学んでいる人々をこそ正すべきです。もしそれをせずにいるならば、どれほど多くの祈りや修法をしても、ただ無駄に終わり、効果はないでしょう。

 

質問します。では、どのように対処・治療すべきでしょうか。

答えて言う。対処の方法は、経典にも記されています。たとえば『大集経』にはこうあります──「未来の世において信心ある王や四姓(人々)は、正しく修行する僧一人を守り、多くの悪しき僧たちをかばってはならない。その正しい僧が法を護持するならば、その人は十方の仏たちすべての大檀越最大の支援者であると知るべきである」と。

『涅槃経』には次のようにあります──「仏はおっしゃった。『正法を誹謗して重い罪を犯す者──すなわち一闡提(救い難き者)をただ一人だけ除き、それ以外のすべての人に施しをすれば、それはすべて称賛されることである』」と。

このほかにも、さまざまな対処法が経典には説かれていますが、ここですべてを詳しく述べる余裕はありません。

ところが今の世の僧俗(出家・在家)の多くは、法を謗る一闡提のような人を信じて、称賛し供養をしています。そして反対に、たまたま謗法を学ばない正しい人を、かえって謗法の者と決めつけ、敵のように扱っています。

人々はこの道理を知らないため、正しい法を持つ人を、かえって謗法の者と誤解しているのです。

これはまさに『法華経 勧持品』にある「悪世の中の僧は、邪な知恵をもち、心はへつらい曲がっている。進んで私たちの過失を探し出し、国王・大臣・バラモン・在家の信者たちに向かって、私たちを中傷して『あれは邪見の者だ。外道の教えを説いている』と言うだろう」との経文の通りです。

仏が称賛した世の中の「福田」(信仰や善行によって福徳を得られる相手)を捨てて、仏が戒めている一闡提(重罪の者)をむしろ讃え、供養しているため、彼らの貪欲はますます増し、謗法の声は天下に広がってしまっています。これでは、どうして災難が起きないはずがありましょうか。

 

質問します。法をそしる者に対して供養を止めたり、厳しい処分を加えたりすることに罪はあるのでしょうか、ないのでしょうか。

答えて言う。『涅槃経』には次のように説かれています。「今、最上の正法を、諸王・大臣・宰相・出家・在家のすべての人々に託す。正法を破る者を見たならば、王や大臣、四部の衆(出家・在家の男女)は当然これを厳しく処罰すべきである。それによって罪があるということはない」と。この教えに基づいているのです。

すべての生きとし生けるもの──たとえ蟻や蚊のような虫に至るまで、必ず何らかの小さな善を持っています。けれども、法を謗る人にはその小さな善すらありません。だからこそ、施しを止め、厳しく対処するのです。

 

質問します。あなたは僧の身でありながら、他の僧(比丘)の過ちを明らかにしています。それは「四衆(出家・在家の信者たち)をそしるな」「三宝(仏・法・僧)をそしるな」という二つの重大な戒律を破ることにはならないのですか?

答えて言う。『涅槃経』には次のようにあります。「もし善き僧がいて、法を破る者を見ながら、それを放置し、叱責せず、追い払わず、仏法から除外しないのであれば、その人は仏法の中の敵であると知るべきである。逆に、それをしっかりと排除し、叱り、仏法から外すことができるならば、まさにその人こそが私の弟子であり、真の声聞(仏弟子)である」と。この教えに従って私は記しているのです。

この文書が、自然にこの国に広まり、人々が一度でも目を通すならば、必ずこの趣旨を心に留めるべきでしょう。

 

もしそうしなければ、『大集経』や『仁王経』に説かれている「国王が仏法の滅びようとするのを見ながら、それを守らずに放置したならば、その国には三つの不吉な災いが現れ、やがて命を終えるときには大地獄に堕ちる」「王の福が尽きるとき、必ず七難が起こる」というような責めを免れることは難しいでしょう。

この経文のとおりであれば、今はすべてのことを後回しにしてでも、まず何よりも、この災難が起こる原因をしっかりと突き止めるべきではないでしょうか。

そうでなければ、『仁王経』にある「国が乱れるときは、まず鬼神(目に見えぬ霊的存在全般)が乱れる。鬼神が乱れるから民も乱れる」という教えを見てください。今まさに、鬼神が乱れ、民衆が乱れています。ならば国土も当然乱れるでしょう。これは私なりの愚かな考察にすぎません。信じるかどうか、受け入れるかどうかは、人それぞれの判断にお任せします。

正元二年(1259年)、干支は庚申。二月の上旬にこの文書をまとめました。

                           (以上です)

 

◆ 内容のまとめと要点

❶ 災難の原因は「謗法」にある

  • いかなる秘術や祈りよりも、まず「法(教え)を誤っていること(謗法)」を正さねば災難は止まらない。

  • 現代の言葉で言えば、「いくら対症療法をしても、根本原因(誤った思想や行動)を正さなければ意味がない」。

❷ 対治法は経典に明示されている

  • 『大集経』や『涅槃経』に基づき、正法を守る者を護り、破壊する者は処罰すべきと説く。

  • 「悪を放置する者は仏法の敵である」という教えを重視。

❸ 僧であっても「誤った僧」を批判すべき

  • 仏法の形だけを保ち、中身を誤っている者はむしろ仏法の破壊者である。

  • それを黙って見過ごすのは「仏法の中の怨(おん)」=仏教を内部から滅ぼす敵。

❹ 当時の社会風潮への批判

  • 謗法の者(誤った僧や宗教者)に帰依し、称賛し供養していることが、社会の災難を招いている。

  • 正しい教えを持つ者がかえって「異端」や「敵」とされている現実を指摘。

❺ 政治への警鐘と災難の予言

  • 『仁王経』などを引いて、「正法を守らない王(為政者)」の国には天変地異・乱れ・地獄などの報いが生じると警告。

  • これは、翌年(1260年)の『立正安国論』での「大蒙古襲来の予言」にもつながる重大な視点。